心ある女性の方へ
落ち着いて最後まで読んでください。
殆ど世界中の軍隊の行くところ、慰安婦は居ました。売春婦とも言います。
第二次世界大戦以前とその後ベトナム戦争などのフランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本などの進軍先に居ました。
多くの国で売春は違法でなく仕事の一つでした。
今、考えると悲しい事ですが、違法ではありませんでした。
多くの国ではその軍が直接、慰安婦を募集しました。
日本は、戦時中は民間業者を監督する立場であり、強制連行などしていません。
アメリカは、日本を占領した際に日本政府に慰安婦施設を要求し、米軍はこれを利用しました。
これは、特殊慰安施設協会、あるいはRecreation and Amusement Association (RAA)と呼ばれました。
米軍の一般女性へのレイプを防ぐやむない手段だと言われています。
アメリカは、ベトナム戦争の際は韓国に慰安婦を要求し、韓国はこれに応え、米軍はこれを利用しました。
韓国軍はベトナム戦争の際、ベトナム民間人を虐殺、レイプし、数千、数万の多くの混血児が生まれました。この混血児たちは、ライダンハンと呼ばれています。
今、売春は日本などでは違法です。
韓国では、2004年からようやく違法となりました。
現在、売春が適法なのは、フランス、オランダ、イギリス、スペイン、デンマーク、スイス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、チェコ、オーストリア、ニュージーランド、チリ、ブラジル、カナダ、アメリカネバダ州、タイ、インドなどです。
日本は第二次世界大戦中は強制や連行をしていなくて、民間の事業者を監督していました。
米軍は、戦争に勝った後、日本に慰安婦を用意しろと言い、利用しました。
米軍は、韓国にも同様でした。
韓国はベトナム戦争中にレイプを繰り返しました。
果たして、謝罪や反省をすべきなのはどの国なのでしょうか?
違法で無い売春を監督した日本なのか、
慰安婦を要求した米軍なのか、
今も売春が違法でない国々なのか、
ベトナム人を数千、数万人単位で勿論、違法にレイプした韓国でしょうか?
これは日本の犯罪を相対化する試みではありません。
当時、違法なものは当時は違法です。
当時、合法なものは当時は合法です。
当時に合法だった行為を、現在では違法だからと言って裁く事は民主主義社会ではやってはいけない事です。それは「事後法」などとも言われています。
なぜでしょうか?
何故なら、例えば今日、タバコが違法でない国において、来月、タバコが違法になる法律が施行されたとしても、今月、タバコを吸った人は裁けないのです。来月にタバコが違法になってからタバコを吸った人は違法行為ですので、罪となります。
その「タバコ」を「飲酒」「残業」など何でも他の単語に変えて考えてみてください。
「飲酒」「朝礼」「恋愛」なんでも結構です。
今日、違法でないことを今日、行っていて、後から、遡及してあれは違法だったから罪に問うというのは恐ろしい独裁国家のやり方であり、「法治国家」ではないのです。
日本は法治国家です。
宗教国家でも人治国家でもありません。
現在の日本では売春は違法ですので、罪に問われます。
しかし、当時の日本では売春は違法ではなかった。
日本国による強制連行も無かった。
朝鮮半島の業者による強制的な行いがあったとするとその業者は誘拐罪などと罪に問われます。
そのような事柄を「日本国による強制連行があった」という嘘と、
売春という今日では禁止されていることを人々の今日のモラルに訴えて同情と金を得よう、或いは日本を貶めようという運動が韓国朝鮮の従軍慰安婦問題の本質です。
むしろ追軍売春婦だったというのが、現在の認識です。
最後まで読んで戴きありがとうございました。
— (via shinjihi)
(amiens2009から)
そして、時は流れた。今から6、7年前、僕は30代後半だった。『カリ城』のルパンと同年輩か、ちょっと上だろう。改めて『カリ城』を観たところ、ルパンの言動に対して、違った感想を抱いた。学生の頃はルパンに共感していたのだが、今度はルパンの考えている事が、手に取るようにわかったのだ。北の塔のてっぺんで、クラリスと再会した時に気障に振る舞ってしまう気持ちや、彼女の警戒を解くためにおどけた事を言ってしまう気持ちが、実によくわかった。ああ、そういうつもりであんな態度とっていたのね。おじさまと呼ばれて嬉しいのも、実によくわかった。よくわかって、猛烈に照れ臭くなった。「はーい、おじさんはここですよー」というセリフなんて、うわ〜、やめてくれ〜と思うくらい照れ臭い。
それから、ラストのルパンについての印象も随分と変わった。格好つけすぎじゃないかと思った。ルパンと一緒に行ってクラリスが幸せになれるかどうかは分からないし、あそこで彼女を連れていったら映画としてまとまらない。それは分かっているけれど、ルパンは、自分のロマンチックな想いを大事にし過ぎているんじゃないか。汚れてしまってもいいから、クラリスを連れて行ってやれよ、と思った。改めて、宮崎駿はロマンチストだと思った。"
— WEBアニメスタイル | アニメ様365日 第27回 おじさまとクラリス (via kanose)
(gearmannから)
少しばかり前、トヨタはCMで「ドラえもん」の実写版をでっちあげた。それはもう、目を覆いたくなるような醜いCMだった。金、金、金さえあれば、どんな無法だって許される。作者がくたばってりゃ、さらにやりやすいってなもんだ。かくて、実在こそせぬものの永く大衆に愛されてきた架空の人格たちが、次々と資本の前に屈して汚れてゆく。マネー。マネーイズクレイジー。(浜省)
そう遠くない将来、宮崎駿や高畑勲、鈴木敏夫たちの没後のことを考えると今から頭が痛い。ジブリの版権キャラなんて、ありとあらゆる大企業が欲するに決まっている。ナウシカがチコの実ならぬキャラメルを食べてニッコリ笑い、トトロがスナック菓子をメイに手渡すだろう。海賊ドーラは丸大ハムにかぶりつき、イタリアのブタはサイゼリヤ、魔女のキキはヤマザキ春のパン祭り、ポニョは元気にチキンラーメンをすするのだ。そして節子はサクマドロップをなめるのだ。いや、節子はなんだかそれでいいような気もするけれど。鈴木P、ちゃんと未来を睨んで版権を整理しておかないと、この悪夢はそう遠からず現実になるよ。賭けてもいい。
"— 2012-05-03 - 挑戦者ストロング (via mcsgsym)
(mitaimonから)
ムスリム、特にアラブには善人認定はものすごい効果があります。
バザールでエジ プト人からふっかけられたときも
「君はこのバザールで長い こと店を営めて信用されているのは
アッラーの教えに従った善人だからに違いない。
善人ならば信用を大切にし、喜捨を行い、公平な取引をす るだろう。
たとえ異教徒相手でもアッラーの御心に叶わない行いをするならば、
バザールの一等地で商売をすることは叶うまい。」
こ れで現地人価格wwwwwwwいやほんとこれは彼らとの交渉の基本ですわ。
この辺の手練手管は商社が得意とするので、
イラク派遣隊もサマ ワの有力者をことあるごとに善人認定して
子供たちにサッカーボールを贈ったり宣伝して回ったそうです。
あの地域は名誉が局面に よっては実利を上回ることがあるので、
善人認定をして宣伝するとそのように振る回らなければならないとか。
しかも本人にとっても 「日本人が○○をアッラーに敬虔な善人と言った」
という名誉はものすごくうれしいので、
自衛隊の護衛にサマワの自警団が集まって
「日 本人は俺たちが守る」という椿事まで発生しましたとさ。
逆に名誉をおとしめるとホメイニ師みたいにアサシン動員して殺したりもしますが。"
— 丁寧語とか、礼儀正しく書いてみる日記2: 7/9 IAEAと日本外交の妙 ナントカもおだてりゃ世界平和 (via send) (via jinon) (via gkojax-text) (via gearmann)
そのAVを審査したのが、ビデオ倫理協会(通称ビデ倫)という警察の天下り組織だった
審査は三種類で、タイトル審査、パッケージ審査、ビデオ審査があり、ダメだったら修正させて再審査をした
たとえば「女子高生」はダメだが「女子校生」にすれば審査に通った
またパッケージにセーラー服が写っていた場合、セーラー服の縞模様を黒く潰せば、審査に通った
女優が「おまんこ」といってたら1kHz基準音(ピー)をかぶせて「おまピーこ」とした
兄が妹を犯す近親相姦の設定も不可なので、友達の妹という設定に変えた
審査に通ったら、パッケージ1枚につき1枚の、ホログラム付きシールを発行した
一作品のシール1巻で数万円もとるボロい商売だった
なお、この方式は、現在パチンコ業界の審査に引き継がれている
ビデオ審査でもっとも力を入れたのはモザイクの「濃さ」と「大きさ」(範囲)であった
男女が離れているとモザイクが小さくてすむが、絡むと腰までモザイクを入れるように規制された
このため、日本のAVはモザイクが小さくてすむフェチ系、変態系になっていった
しかしビデ倫のモザイクは濃く、ユーザーはビデ倫が審査しない自主規制のインディーズ系に流れた
モザイクの薄いインディーズの売り上げは伸びたが、儲かりすぎた業者は、次々に警察に摘発された
ある日、儲からなくなったビデ倫から警察の天下りがすべて撤退し、民間にゆだねられることになった
その直後、驚くことにビデ倫そのものが摘発され、消滅したのである
かわりに絶大な権力を持つようになった組織が、北都グループだった
北都グループは巨大な政治力を駆使して、複数存在していたインディーズ系審査団体を統括し
エロ業界を丸呑みにして、モザイクの審査を石川県で独占するようになった
このように、FBIが2257法案に基づき、未成年へのポルノ販売への規制を真剣にやっているのに対し
日本の警察は、天下り先の利権を目的に、モザイクというまったく意味のない規制をしているのです"
— (via filemente)
(deli-hell-meから)
600 名前:いやあ名無しってほんとにいいもんですね[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 22:09:22 ID:fxVOCLo10
犬かどうかはわからんが、
911テロが起きたときの日本在住イスラム教徒のコメント
テレビレポーター
「これからは、きっと日本でもイスラム差別が起きるでしょう
これからどうするつもりですか?」
日本在住イスラム教徒
「(笑って)いやいや日本人を見損なわないでください。
日本人は欧米の白人達と違って、バカじゃありません。
日本人は頭がいいから、ちゃんとわかっています。
そんなことは起こりませんよ
あなたも日本人なんだからわかるでしょ?」
テレビレポーター
「でも日本にも差別がありますよ。在日差別とか・・・・」
日本在住イスラム教徒
「日本に差別はありませんよ。何を言っているのですか?
欧米ではイスラム教徒とわかっただけで、殴りかかって来たり
ツバをかけてきたり、露骨に扱いに差をつけられたり、見下されたり・・
しますが、日本でそんなことは聞いたことがありません。
あなたは本当に日本人なのですか?」
テレビレポーター
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アラブ系やアフリカ系の人たちは、白人の差別の視線と
日本人の区別の視線を判っているんですよね。
— AshCat オカルト 東亜の話、持ち込み
http://ashcat9999.blog84.fc2.com/blog-entry-326.html#more (via mcsgsym, s-hsmt) (via yoosee) (via xlheads) (via highlandvalley) (via clipcheck) (via zepyhrer)
筆者があらゆるドラクエ関連のレビューを読んだ中で、一番スリルがあり鬼気迫る読後感と感動を覚えたのが『CURE キュア』などの作品で知られている黒沢清の著書『映画はおそろしい』
に掲載されていたドラクエⅡに関するエッセイである。以下そのページを引用しよう。
「FFⅢをめぐる対談記事の中の、高橋源一郎氏の発言を読んで、ハタと膝を打ってしまった。氏は”やはりドラクエⅡが最高である。ドラクエⅡには殺意が感じられた”と語っている。
そうなのだ。ドラクエⅡ。あれは確かに凶暴なゲームだった。プレイヤーが手塩に掛けて育てたキャラを、容赦なく皆殺しにしてしまおうとするドス黒い意志が全編を支配していた。ダンジョンの奥底でやっと見つけた宝箱を前にして、突如出現したキラータイガー四頭立てによる先制攻撃。それは悲惨としか言いようのない状況だ。バタバタと死んでゆく仲間たちは、棺桶と化して教会へ送り返される。この屈辱から立ち直るのは並たいていのことではない。
いったいいつの頃からだろうか。RPGがキャラを育てるゲームであるという認識が一般的になっていったのは。確かに、主人公がだんだん強くなってゆくのを見るのは楽しい。所持金がうんとたまれば、思わず顔がほころんでしまう。しかし、お金や魔法値を精一杯節約し、取れる宝は全部取って、最短コースでゴールに向かうだけがRPGではないはずだ。終了した時、100万Gたまっていたからといって、いったいなにが楽しいのか。巨大なドラゴンのボスを一刀の元に斬り捨てたからといって、何が偉いのか。RPGが効率よくコトを進めればよいだけのゲームに成り下がってはならない。
ドラクエⅡに戻るべきである。たかがマンドリルくんだりにボロ負けして、命からがら城へ逃げ帰ったことを思い出そう。あれは、はっきり生きるか死ぬかのゲームだった。キャラを育てようなどと考える余裕はなく、僕たちはただ何とかして生き残ることだけを考えていた。ふと気付くと、確かにキャラは成長しているのだが、そんな満足など吹っ飛んでしまうほどの凶悪な罠がすぐ先に仕掛けてある。でも、僕たちは負けなかった。
最初、城の周りを逃げ腰でうろつくだけだった自分が、いつの間にか強靭な意志と勇気を持って死に挑みはじめる。ドラクエⅡは、そんな自分自身のけなげさに涙するゲームである。
はっきり言おう。RPGとは、断じてキャラを成長させるゲームではなく、プレイヤー自身が成長してゆくゲームなのだ。」(P.186-187)
ここで言われているドラクエⅡとはもちろんFC版のことである。後にリメイクされたSFC版とGB版は難易度が大幅に下がってしまった。つまり、本物のドラクエⅡを体験するならばFC版でなければならないのである。
FC版ドラクエⅡの存在は、一種のホラーである。筆者も子供のころ体験したロンダルキアの洞窟の地獄は、はっきりと「悪夢」として記憶に刻印されている。やっとの思いで命からがらロンダルキアの洞窟を抜け出したら、そこは一面雪景色だった。ああ、なんて綺麗なんだと感嘆し、数歩踏み出すとさらに凶暴なモンスターがウジャウジャと現われてきたのである。
FC版ドラクエⅡは『バイオハザード』や『サイレントヒル』シリーズより「おそろしい」ゲームであった。"
— ビデヲゲーム研究室: 映画監督、黒沢清の鬼気迫るFC版ドラクエⅡ レビュー (via g0nsuke)
(zepyhrerから)

